世界の悪意を感じる

個人の悪意かもしれないけど。
「死ね」6万7000回 ウィキペディアで異常「荒らし」(J-CAST ニュース)
Wikipedia は Web の力と人々の善意で形成されるべきものなのだろうとは思います。
特に Web の善なる力を感じてきた僕はそう思います。
けれども、この件からは人類が未だ【力】の使い方(=どのように使う「べき」か)を知らないということを思い知らされる。
だから、個人かもしれないけど。
使い古された言葉ですが、科学の力には善悪は無いのです。
それを使う人間次第なのです。
善悪の基準をどこに置くか、という問題は残っているとして。
少なくとも人間が使用可能な【力】に値する存在では無いということは間違いない。
どれだけ優れた科学でも、我々自身がそれを使う資格も無く使ってきた結果が、この件であり、今の世界の姿かもしれません。
仮に赤い彗星がアクシズを落とそうとした時、僕らはそれに抗う資格を持っているだろーか?
こんなカオスな世界では、極力、善なる方向に進む意志を持つことです。
ほっておいたら邪悪な方向に進むのだから。
弓道で的中だけを求めないのと同じです。
それでようやくクリスタルのバランスも保たれるのです。
クリスタルに輝きを…。

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    • ban
    • 2008年 3月 24日

    お久しぶり。
    悪貨は良貨を駆逐する
    という言葉に倣えば、
    悪意も善意を排除してしまう、
    のかと思う今日この頃。
    それでも、善意は其々の心の中だけでも
    確かに存在していると信じたいものです。
    そーいや、こっちにいるんだよね?
    そろそろ呑もうよ。
    # ってもう呑んでる?

  1. 確かにそろそろ頃合だ…。

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